2025年10月 心だより
災害保険
2025-10-23
富士山の噴火について、小学校6年生の孫が、富士山の噴火が起こったらどのような対策をするのか、家族と話し合い、話し合った内容をプリントに書くという宿題について、どう考えるか・・と。
時々、家族で話しているのは、仏様を残してどこかに避難するという選択はないよね・・
仏様を避難していただく・・現実的にはかなり難しいよね・・
噴火、地震等々の天災が起こり、もしも・・どなたか亡くなられたら・・
そう考えると、最後まで寺に留まる・・という選択が、私たちにはしっくりくるよね・・
先日、災害保険の加入について、以前から相談に乗ってくださっている方が急に訪ねてこられて・・
いつぞやの火災保険加入について、その後どのようなお話になっていますか・・と。
かなり高額な保険でしたから、役員さんに相談していました。
地震によって建物が壊れるほどの災害に見舞われてしまったら、多くの家屋が倒壊しているでしょう。そのような状況で、寺の本堂や庫裡を再建しようなどと寄付をお願いすることはできないと思います。そこで、一軒あたり、年間1000円ご協力いただけたら、ある程度の保険に加入することができる・・そのようなお話し合いをしました。しかし、賛成派よりも反対派のほうが多いものです。役員さんが慎重になることも理解できます。
保険をお勧めする側では、なぜご理解していただけないのでしょう・・と言われてしまいましたが、自分の菩提寺に同じことを言われたとき、菩提寺側の目線で判断することができるのか‥と言いますと、案外、冷静な判断はできないものです。
何にしても、寺院に住まうというのは・・・と、日々考えさせられます。
墓地のコンサルタントをする会社??
2025-10-22
「突然のお電話失礼いたします・・私、寺院さまと墓地についてコンサルタントしております○○と申します。私どもの会社は、寺院さまのご希望に沿いながら、墓地の斡旋などをしている会社です・・」と。
はて・・墓地までもが、コンサルタントの対象になってきているとは・・それも、堂々と寺院に電話をかけて、一緒にお仕事しませんか・・というお話なのですから、どういう了見なのでしょう。けれども、お聞きしても仕方ないことです。「まったく、興味はありませんし、必要ありません・・」と、受話器を置いたものの・・沸々とこみ上げてくる感情はなんなのか??
そもそも、なぜ墓地のコンサルタントという仕事ができているのか・・
なぜ・・墓地のコンサルタントが、寺院に電話をかけてきて、セールスされることになっているのか・・
その状況をおかしいな状況であることを疑問に思う人がどの程度いるのだろうか・・
寺院というところが、土足で踏み荒らされいるように感じるのは私だけなのだろうか・・
寺院に相談したならば、相談料など請求されることはないはずなのに・・
コンサルタントというものが介入したならば、高額な料金が発生するだろう・・
その料金を支払い、墓地について知りたい人が、満足できる情報を提供してくれるなら・・
けれども、私は、満足させるほどの情報提供は、コンサルタント会社がしてくれると思えない。
寺院は敷居の高いところ・・などという時代は終わったように思う。
生涯学習コーディネーター資格証
8月に入ると、昨日の事が数日前だったように思えるほど、日常は目まぐるしく過ぎていく。なぜ・・忙しいのか聞かれても即答できないのは、形になる仕事ではないからだろう・・
お盆やお彼岸前は、来客が多く、その対応に追われる。食事処でもなければ、物品販売でもない。寺院という場所での寺庭婦人の仕事は、法事のコーディネーターだったり、寺院の行事のコーディネーターなのかもしれない・・と最近は考える。
成果は、私が感じるものはではく、法事を無事に終えることができた檀家さんであり、寺院の行事ついては、お越しになられた方々の心がホッと温かくなってくださっていたのなら、行事は無事に終わったことになる。そのように思うと、仕事と言いながらも何かの形で残るもはほとんど無い。
成果に囚われていては、次の行事の準備に支障がでてしまうので、終わった行事は、すぐに反省会をして、来年のためにメモを残す。メモを残したら、次の行事について考えを巡らすので、そうしている間に前のことは、ほとんど思い出さない。
気が付けば、10月に入った。気温の高い日々が続き、秋はいつやって来るのだろう・・と思っていると、肌寒い日が数日あった。秋は、一雨ごとに気温が下がっていく・・そろそろ、冬支度も視野に入れて洋服やお布団の準備も始めたい・・
今日、生涯学習コーディネーターの資格証が届いた。すぐに、何かの役に立つわけではないと思う。けれども、何かの役に立てばいいな・・と、資格証を見ながら顔がにやけている。
2025年8月 心だより
広島へ
2025-08-20
生きること
今年は、孫が夏休みの自由研究に広島の原爆について調べたいから・・と、原爆ドームや資料館に行きたいという願いを聞くことになり、家族で広島に行くことになりました。私は、高校の修学旅行ぶりです。
強行スケジュールでした。そのような中でも、戦後80年の節目に広島の地を訪れることができたことは、人生の大きな収穫をなりました。原子爆弾と通常の爆弾の違いを知ろうと思ったことはありませんでした。人が大量に死んでしまう・・という意味だけを想像していましたので同じではないかと思っていました。けれども、原子爆弾は全く違った兵器という事を認識しました。
原子爆弾の恐ろしさは、原爆を投下された爆風や熱風の破壊力は勿論ですが、それ以上に悩まされるのは、被爆し、親族を亡くし、知人を亡くした悲しみと、自分の身体が火傷をして傷ついているということだけでも悲しいことだとおもいます。けれども、放射能に汚染された場所にいて放射能を浴びてしまったことで、いつ自分が白血病になり死に至るのか・・という恐怖が、生きている間付きまとうこと、また、放射能の後遺症によって身体をむしばまれ、その理由が解明されていない時代に、差別を受けることになったのです。そのような生きて地獄を見てきた人々が、どのような思いで、街を復興したきたのか。想像をすることはできません。
原爆ドームはひっそりと原爆の爪痕を残しています。原爆を投下されたときを思い出させるものは、ほとんどありません。きれいに整備された公演は、観光で訪れる人にも、街で暮らす人々にも同じように穏やかな空が広がっていました。穏やかな空を見ることが出来ていることに、胸が締め付けられました。
広島の人々は、どのような思いで、戦後を生きてこられたのだろう・・私たちは、戦争について、原子爆弾が投下されたことについて、いったい何を学んだのだろう・・と。原子爆弾はあってはならないものです。生き残り、復興に身を捧げてきた人々の苦労は、報われるものではないと思います。生きている間、絶対に消えることない身体と心の傷だからです。
戦争について、また、広島の人々の苦悩を心に刻み生きていきたいと思います。
災害保険
2025-10-23
富士山の噴火について、小学校6年生の孫が、富士山の噴火が起こったらどのような対策をするのか、家族と話し合い、話し合った内容をプリントに書くという宿題について、どう考えるか・・と。
時々、家族で話しているのは、仏様を残してどこかに避難するという選択はないよね・・
仏様を避難していただく・・現実的にはかなり難しいよね・・
噴火、地震等々の天災が起こり、もしも・・どなたか亡くなられたら・・
そう考えると、最後まで寺に留まる・・という選択が、私たちにはしっくりくるよね・・
先日、災害保険の加入について、以前から相談に乗ってくださっている方が急に訪ねてこられて・・
いつぞやの火災保険加入について、その後どのようなお話になっていますか・・と。
かなり高額な保険でしたから、役員さんに相談していました。
地震によって建物が壊れるほどの災害に見舞われてしまったら、多くの家屋が倒壊しているでしょう。そのような状況で、寺の本堂や庫裡を再建しようなどと寄付をお願いすることはできないと思います。そこで、一軒あたり、年間1000円ご協力いただけたら、ある程度の保険に加入することができる・・そのようなお話し合いをしました。しかし、賛成派よりも反対派のほうが多いものです。役員さんが慎重になることも理解できます。
保険をお勧めする側では、なぜご理解していただけないのでしょう・・と言われてしまいましたが、自分の菩提寺に同じことを言われたとき、菩提寺側の目線で判断することができるのか‥と言いますと、案外、冷静な判断はできないものです。
何にしても、寺院に住まうというのは・・・と、日々考えさせられます。
お盆
2025-08-16
大切な時間
8月に入りますと、様々なお盆の準備が始まります。私は主に掃除担当ですが、予定通りに進まないこともしばしば・・お盆に対する問い合わせも多くなります。最近、特に気を付けていることは、相手の言葉をよく聞くことです。お盆について全く分かっていない方も増えている状況で、理解できる言葉を選ぶことの難しさを痛感します。私の内で、簡単に・・と思う言葉を選んでも、その言葉を受け入れるキーワードが合わないと、言葉が耳に入ってこない・・話を聞いていただけていない様子を感じる時、語彙が足りていないという事になりますので何ともやるせない気分になります。そんな日々を送りながら、八海祭りの準備を並行して進め、お盆に入ります。
お盆は、棚経のお手伝いをしてくださるお坊さんの食事の準備に追われます。また、お檀家さんから頂戴した野菜をなどを調理することも私の重要な仕事です。そうしている間にお盆が明けます。
お盆が終ると安堵します。20年ほど前、滋賀にある古刹の天台宗寺院のおばあ様とお話したときのことを思い出します。弟さんが住職をされていました。けれども、病気を患い60代で他界されたそうです。お盆前だったそうです。その年、お盆の棚経に伺えないことをお檀家さん一件、一件ご挨拶にまわったそうです。「私たちは、ご挨拶に行っただけだったけれど、弟はこの暑い中をお檀家さんのお宅で棚経をしていたことを思うと、お坊さんの大変さを始めて知ったのよ・・」と。お盆になると思い出す大切な話です。お話してくださったおばあ様も他界されました。
亡き人を思い出すお盆の行事は、とても尊いと感じます。
墓地のコンサルタントをする会社??
2025-10-22
「突然のお電話失礼いたします・・私、寺院さまと墓地についてコンサルタントしております○○と申します。私どもの会社は、寺院さまのご希望に沿いながら、墓地の斡旋などをしている会社です・・」と。
はて・・墓地までもが、コンサルタントの対象になってきているとは・・それも、堂々と寺院に電話をかけて、一緒にお仕事しませんか・・というお話なのですから、どういう了見なのでしょう。けれども、お聞きしても仕方ないことです。「まったく、興味はありませんし、必要ありません・・」と、受話器を置いたものの・・沸々とこみ上げてくる感情はなんなのか??
そもそも、なぜ墓地のコンサルタントという仕事ができているのか・・
なぜ・・墓地のコンサルタントが、寺院に電話をかけてきて、セールスされることになっているのか・・
その状況をおかしいな状況であることを疑問に思う人がどの程度いるのだろうか・・
寺院というところが、土足で踏み荒らされいるように感じるのは私だけなのだろうか・・
寺院に相談したならば、相談料など請求されることはないはずなのに・・
コンサルタントというものが介入したならば、高額な料金が発生するだろう・・
その料金を支払い、墓地について知りたい人が、満足できる情報を提供してくれるなら・・
けれども、私は、満足させるほどの情報提供は、コンサルタント会社がしてくれると思えない。
寺院は敷居の高いところ・・などという時代は終わったように思う。
迷いながら
2025-08-01
迷い、彷徨いながら、コロナ禍を経て歩んできた弱小の会社です。私自身の人生に、結子という会社がどのように関わっていくことが、私らしくあることができるのか・・・
この度、HPリニューアルに合わせて、一筋の光を見つけることが出来たように感じております。人は迷い、失敗を重ねることで、心が豊かになり、相手を思う気持ちが育まれていくと聞きます。そのような言葉を励みに、小さな歩みを積み重ね、一人でも笑顔になれるよう精進して参ります。何卒よろしくお願い申し上げます。
この度、HPリニューアルに合わせて、一筋の光を見つけることが出来たように感じております。人は迷い、失敗を重ねることで、心が豊かになり、相手を思う気持ちが育まれていくと聞きます。そのような言葉を励みに、小さな歩みを積み重ね、一人でも笑顔になれるよう精進して参ります。何卒よろしくお願い申し上げます。
2025年1月
年末年始
2025-01-18
久しぶり過ぎの心だより・・
昨年の7月から、今日は休日・・という日が何日あったのだろう・・と、心を倒さずに頑張ろうと思ったのは、年末年始を越えられたら、数日間ゆっくり休める日が来るだろう・・そう思っていたからです。
ところが・・
今年の年末は、親戚のお葬儀が重なって、31日まで葬儀があるという今までにないことが起こりました。
年を重ねてくることで、身も心も衰えてきたのでしょうか・・今日1日、今日1日・・スケジュール確認をしてやり切って明日のために眠る・・
年始は、支部のお役目で、お家元で行われる新年初生け会に参加させていただくことになり、私の気持ちの問題ですが、今までとは違った気持ちで参加させていただきました。
地域の行事のための、ひいち作りや、年始の細々とした行事を一つ一つ終わらせて、気付くと1月も半ばとなっていました。
以前にも心だよりで書かせていただいたかもしれません。川崎に住んでいた独身の叔母を、私の家の近くに住んでもらうことにしたこと・・弟が先に旅立ってしまったので、そのストレスもあったのかもしれませんが、認知症が進行してしまい、1年と経たずに施設に入っていただくことになったこと・・
今年に入ると、ほとんど食事をとらなくなっていたそうです。持病に糖尿病がありましたので、かかり付け医に1か月に1度、受診していました。糖尿病という病気はやっかいな病気で、食べなくなってしまったからと言って、高カロリーのものを摂取すると、状況が良くなると思ってしまいますが、カロリーが高くなって内臓に負担がかかり、体調が悪くなる人もいるそうです。お医者さまでも、受診すると、あれこれ様々な状況を想定して、お薬をだしてくださったり、これはやめておこうか・・などと、薬をやめてみたいり、安易なことをしてはいけない・・そんな風な感じを受けました。
しかし、いよいよ食べることをしなくなり、肺炎の疑いがある・・ということでしたから、かかり付け医から総合病院へ行き点滴をしてもらい、叔母の最後についてお話をすることになりました。
何より心配なことが誤飲だそうです。飲み込む力が弱くなっているので、病院に入院する場合は、誤飲を避けるため食べ物飲み物は一切口にいれないそうです。絶食して点滴のみ・・けれども、物を口から入れなくては、飲み込む筋肉は衰退しますので、点滴のみの場合は、こと切れるまで病院のベットで寝たきりになってしまいます。
ご本人のことを考えると、施設にいて、多くの人と関わりながらこの世と別れる方が、人間らしいく・・と思いますが、ご家族の判断です・・と。
施設でも分かっていますので、最後まで引き受けてくださる・・という温かい言葉をいただき、最後は施設で・・そう決めました。その選択が本当に良かったのか・・それは、叔母の最後にしか分かりません。不安がないと言ったらうそになりますが、私はそう決めて、施設長さんにお願いしました。
叔母とはいえ、自分ではない人の終わりを決めることのの重さを痛感しました。ただ・・有難いことに、日常が忙しすぎて感傷にひたっている暇はありませんでした。
今日は、令和6年度の伝統文化親子教室事業最後のお教室でした。また一つ・・・
終わることが出来て、安堵しました。
2024年2月
繋がって行く
2024-02-13
どのような事も、縁あることに繋がってくのだと感じる。繋がるのは、未来なのだから、今考えて行動していることが、正しいかどうかは誰にも分からない。
明日は誰にも分からないのだけれど、誰かのために生きようとしている人と、自分のために生きる人、この考え方もどちらが良いということではなく、その生き方が未来の自分の道を作っているのだ感じる。
今、私が考えている支離滅裂な考えは、いつかまとまる日がくるのか・・かなり不安はある。けれど、繋がって行く先に見えてくるものは、私が描く未来の小さな礎となっているように思う。
富士山という雄大な自然に囲まれて生活をさせていただいている、IAがどれほど有能だとしても、自然には到底かなわない。そんな自然に多くの人が触れられる場所を・・そんなことを思っている。
明日への一歩
2024-02-09
ご縁・・だけで(そう言ってしまうと、神様?仏様?に叱られそうですが・・)先は全く見えていない状況下で、ただ前だけを見て未来に歩んでいることに、不安を感じないわけではない「八海音頭」の普及促進活動をしている「おしのエイポンズ」。私を前に進ませる原動力は、明日を信じて必死に生きていたら、きっと未来は明るいはずだ・・という、なんの根拠もない、けれども、そう信じる馬鹿な人もいていいんじゃない・・という、やっぱり大馬鹿な生き方しかできない自分が、時に嫌になる。
もう少し、お利巧さんだったらよかったのに・・と思ってみたり、でも、お利巧さんだったらこんな生き方をするはずもなく。やっぱり、世の中には、私のような人もいないと面白くないのかも・・と、自分で自分を慰めてみたり。忙しい毎日。
今日は、第2回「八海音頭ワークショップ」に少しでも人が集まるように・・そんな気持ちからある人を訪ねた。何事もすぐに結果が出るわけではない。いつか、今日という一歩が明日という未来に繋がってくれたら・・そう願っている。
次代の担い手と富士山の未来を考える
2024-02-08
山梨県主催の「次代の担い手と富士山の未来を考える」トークイベントに参加した。「次代の担い手・・」という言葉にとても興味を持ったが、基本的に富士山が文化遺産として公で学ぶ機会があるのかを思うと、ほとんどないのだから議論は深まらなくて当然だった。
山梨県知事の富士山鉄道構想の説明は分かりやすかった。反対意見があることは知っているので、反対意見がある場合は、現実可能な代案が必要だと感じた。鉄道構想と代案について議論を深めることが必要だと感じたが、反対を唱えればどうにかなるだろう・・という考えが見え隠れしていることに疑問を感じる。
そもそも論になってしまうが、富士山5合目は標高2300メートル。2000メートル級の山を検索していただくと、2000メートル以上の山に、車が登っていくことのできる道路があるかどうか・・という議論が必要だと感じた。5合目までバスが悠々すれ違うことのできる道路を通してしまったことに、一度目を向けるべきだと思う。作ってしまったものを元に戻すという議論ではない。2000メートルの標高に道路があることは、普通なことではない・・という認識から、今後の景観や火山対策、登山者の制限などを議論すると、何らかの答えが導き出せるのではないかと感じた。
富士山は世界文化遺産である。様々な問題の中に、文化遺産として富士山の学びの場が少なく、以前から言われているが自然遺産と勘違いしている人が多い。
世界遺産についての学びも少ないように思う。私は、娘が小学校5年生の時に初めて海外旅行をした。主人と検討した結果、アンコールワットになった。アンコールワットの寺院群も素晴らしかったが、カンボジアの人々は、土・日曜日は、遺跡を見ながら休日を過ごしているということを聞き、遺跡が生活に溶け込んでいる豊かな心に驚いたことを鮮明に思い出す。娘が20歳になるとき、お祝いにイタリアへ行った。世界遺産と言われる場所をいくつか巡ったが、どの場所も素晴らしかった。富士山世界文化遺産と言われながら、富士山が雄大で美しく、自然豊かな日本の風土に助けられ胡坐をかいていていいのだろうか・・と不安を感じる。
人の生活に欠かすことのできない水・・富士山麓に住まう人々は、富士山によって蓄えられた豊富な美味しい水を日常生活水として利用させてもらっている。科学や自然についても解明されている現代に生きながら、学ぶ機会は少ない。自然と文化について、もっと学びの場を増やさなければいけないと感じた。
「次代の担い手・・」に必要なことは、まず、学びの場。次に、学びを踏まえて議論することだと感じた。今日はとても充実した時間だった。
反省会
2024-02-05
伝統文化親子教室事業は、役員、保護者のご協力のお陰で運営できている。先月、最後のお教室を終えた。来年度に向かって反省会もかねて、ランチ会を予定した。
昨晩から雪の予報だった。お店を予約するとき、どこが良いのか考えた末、山中湖のお店に決めた。予約したときには雪の予報などなかった。偶然に、山中湖のお店でよかった。午前11時30分、かなり本格的に雪が降ってきた。
忍野村より標高の高い山中湖は、忍野村より雪も多い。温暖化の影響で、暖冬が続いている。今年、山中湖は薄氷が張る程度だったようだ。50年前は、山中湖は全面結氷し、山中湖の氷上をトラックが走っていたと聞く。
ランチを食べている間に見る見る雪は積もっていった。雪の降る中、このような機会でもなければ、食事することはない。幻想的な風景を眺めながら、様々な話に花が咲いた。
ランチが終わるころに、学校からお迎えをお願いするメールが来た。一瞬で現実に引き戻されたが、ランチタイムの時間だけ、特別な時間を過ごすことが出来たように思う。時には、そんな時間も必要だと感じる。
節分
2024-02-03
今日は節分。旧暦の大晦日・・忍野村に嫁ぎ一番混乱した記憶のある節分と大晦日。
近所に小さな商店があった。商店の店主はさくらちゃん(仮名)。店主の名前を初めて聞いた時、勝手に年齢を想像して30代ぐらいに思った。ところが・・さくらちゃんは当時70歳のおばあちゃんだった。まず、名前から想像した人のギャップに錯乱した。
さくらちゃんのお店は、近所のおばさま方のお茶のみ場として、店の奥に居間があり、そこでお茶飲み話が繰り広げられた。今では標準語を話す人が多くなったが、当時は土着の言葉が飛び交い、何を話しているのかさっぱり分からず、何度も聞き返して話していることを理解しようとした。そんな私の質問に、おばさま方は嫌がらず答えてくれた。
嫁いだ時には、義母は他界していたので近所のおばさま方から風習を聞き覚えるという作業が日課だった。大晦日の数日前にお店にいくと、「おめえ、イワシは買ったか?」と聞かれ、「イワシ??」と聞きなおすと、「大晦日にイワシを食べるんだよ・・」と。「年越しそばは?いつ食べるのかな?そばとイワシ合わないよな・・ニシンならきいたことあるけど・・」と思いながらも、忍野村はイワシを食べるんだな・・と思い、お店でイワシを購入し31日の晩御飯のおかずに・・
しかし・・そういうものか・・と思いながら数年過ぎたころ、旧暦の大晦日に食べていたイワシを12月31日に食べるという混乱した状況になったようで、ただ、混乱しているのは私だけ??だったのかも。
節分が来るたびに思い出す、さくらちゃんの居間でのお茶飲み話。そこでお話していた方も、一人また一人と旅立っていかれた。現在、商店もなくなってしまった。今年も節分を過ぎ、また年を重ねている。
2024年1月
忍野幼稚園
2024-01-29
コロナ禍ではできなかった茶道体験。今日は、忍野村幼稚園の年長さんが親御さんにお茶を点てる体験と、点てたお茶を親御さんにお出するという体験のお手伝いをさせていただいた。秋に一度だけ、茶筅でお茶を点てること、お茶をお友達に運ぶということを体験している。子供の記憶は一度の体験を覚えている。
幼い時覚えた経験は記憶に刻まれる。伝統文化に触れる機会のある子供は幸せだと思う。けれども反面、ユーチューブ動画やTikTokなど、個々に興味ある画像が、次から次へ目に飛び込んできている状況を思うと、影響の深刻さを考える。
社会の仕組みの変化は、私たちにはどうすることもできない。けれども、私たちが心掛けて情緒的な教育環境を整える努力が必要だと、純粋に茶道を楽しむ子供を見て痛感する。貴重な経験をさせていただいた。
初不動
2024-01-28
仏様には縁日がある。その仏様の縁日にお参りをするとご利益が大きくいただけると言われている。8日は薬師如来(手に薬壺を持っている仏様)のご縁日。15日は阿弥陀如来のご縁日。18日は観音様ご縁日。24日はお地蔵様のご縁日。28日は、不動尊のご縁日。
毎年、1月28日は、「交通安全祈願祭」をしている。富士吉田市管内の交通安全をお祈りしているので、富士吉田警察署、富士吉田安全協会、忍野村安全協会の役員さんがお参りに来てくださっている。
自家用車が一般的に普及した40年代、車の台数に比例して交通死亡事故が多発した。そこで、当時の安全協会の方が、初不動尊祭で交通安全祈願をすることなったと聞いている。それから50年以上、毎年護摩を焚いて祈りを捧げている。
かなり長い期間、交通事故は起こっていませんでしたが、数年前とても悲しい交通事故が起こり尊い命が失われました。交通事故は、だれにとっても悲しみしか残る。
今日という日は、ただ一心に不幸な事故が起こらないよう、お守りいただけるよう祈っている。
貴重な経験
2024-01-26
父は天理教の教会長をしている。父の母親(私にとって祖母)が、隣のおばさんが楽しそうに出かけていく天理教の教会はどんなところだろう・・と、そんなきっかけから教会に行くようになったと聞く。父は商業高校を卒業し、証券会社に就職した。高度成長期の真っただ中、良い時代という反面、心が蝕まれていく感覚に陥ったそうだ。そんな時、当時の会長(前会長さん)が、天理は良い所だから、遊びに行っておいでと「修養科」を勧めてくれたそうだ。そこで、見聞きした話にすっかり魅了されたと聞いている。
母は、代々続く天理教の信者の娘。母の父親(私にとって祖父)は、天理教の信者でもあったが神主のようなこともしていた。母は中学3年生で母親を癌で亡くした。末っ子だった母に、母の叔父が天理高校を勧めた。地元の高校も合格していたが、末っ子だった母は、兄嫁に気を使うのも・・と考え天理高校へ・・高校卒業後、天理教を深く学ぶために現在の専修科に入り、父と出会ったそうだ。
純粋に目に見えない神様・・と向き合う両親を持つ子供は、なかなか苦労することになる。統一教会などの2世問題について、私なりに思うことはたくさんある。親がいなければ子は育たない。けれども、人の価値観は、親子といえども全く違う。親は、自分の価値観を子供に押し付けているなどと疑うことなく、自分の価値を共有させている。
私自身、親の人生観と自分の人生観が全く違うことを認識し、言葉で説明できるようになったのは、40歳を過ぎた頃だった。どこで強く感じたのかと言えば、娘との親子関係だったように思う。私と両親との関係を振り返る時、当時の時代背景も深く関わっているように思った。私との親子関係は娘が言うほど窮屈なものではなかったように思っていた。けれども、私の両親は極端に純粋に宗教を信仰していたのだから、一般的な家庭環境ではなかった。どちらかというと一般的な家庭で育ち、情報社会となった時代に育った娘の社会状況は全く違うことを想像すると、戸惑いが大きかったことを理解できる。
しかし・・いかに日本の教育が心の教育を疎かにしてきたのかを感じる。これからの時代は、人と人が競争するのではなく、AI人工知能との戦になるのではないかと思う。AIに勝るためには、豊かな心と柔軟な発想が重要だと言われている。個性を磨くことは、感性が磨かれることになり、人としての魅力は唯一無二となる。けれども、その部分が育たなければ、人としての価値は危ぶまれるように思う。今後の大きな課題だろうと感じる。
父も80歳を迎え、世代交代を選択した。弟は父の後を継ぎ教会長になることを決めた。弟の気持ちを正確に理解することは難しいが、弟なりに思うことがあり心を決めたのだろう。私は、責任役員となり弟を支えることを決めた。
今日は、天理教の春季大祭。弟は教会長の任命を受ける儀式に臨んだ。父と私は、そのお供をさせてもらった。とても貴重な経験だった。そこから感じることは、責任の重さだ。心という目に見えないものを扱う宗教。なぜか、社会からは遠い存在に思われている。けれども、社会のすべては人の心が決めている。心を深め、豊かにすることが、人生の彩を鮮やかにしてくれる。そんなことを痛感した一日だった。
東京花展
2024-01-24
コロナが5類となり、今年は全国各地で、池坊の様々な花展が開催されることになっている。今日は、銀座伊勢丹にて花展が開催された。お友達からご招待券を頂戴した。久しぶりに銀座へ出かけた。
素敵な作品が並んでいた。学んでいるからこそ分かる世界がある。伝統の花形であれば、花器と花器の格により取り合わせる植物が決まってくる。菊一つとっても、色や形によって雰囲気が変わる。ただ・・きれいに取り合わせればいいと言ことではない。
色とりどりの草木、形や色から取り合わせる難しさは、学びを深めるほど悩みが増えるように思う。一つ一つの作品に作者の悩みや、仕上がった時の安堵感や達成感など、作品を見ながら、作者の思いに思いを馳せて作品を拝見すると、一層心が和む。
とても有意義な時間だった。知人の作品が素晴らしく、一歩でも知人に近づけるよう精進しなくては・・
荒神様
2024-01-21
一般的には三宝荒神といい、忍野村では荒神様と言っている。1月、小正月の頃から、頼まれた家を回って古い語弊を新しい語弊に交換するという風習も残っている。これを荒神払いと言っている。
ここで詳しく説明しなくても興味のある方は、検索していていただくと、とても丁寧に説明されている。忍野村では昔ながらの風習なので、地元の方が荒神様に興味をもって検索しているかどうかは分からない。けれども、その意味を知ると、先祖代々続いている風習の奥の深さを分かっていただけると思うときがある。
伝統の継承を考えるとき、昔からの風習という概念から一歩前進して、ご先祖様がなぜ、神や仏に敬意を払っていたのかを知ることが、次世代に繋げていく原動力になるのではないか・・と感じるときがある。
祈り・・は、自然に対する畏敬の念だと思う。便利な時代になり、なんでも人間が作りだすことが出来ると勘違いしてしまっている。けれども、空気も水も、すべて自然の循環によって生まれている。
時々立ち止まって、自然の恩恵について考えを巡らすと、自然に身を任せる事しかできなかった昔の人々の思いが、少しは理解できるようになるかもしれない。
2022年8月
2021年 1月
2020年9月
2020年8月
2020年7月
2020年6月
2020年5月
▼お気軽にお問い合わせください
TEL.0555-72-8439




